日本二分脊椎・水頭症研究振興財団

 

財団ニュースB&C 6-4(10月9日発行号)より
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 偶数月9日発行予定





脳の生い立ちに思う
『三つ子の魂』


新潟大学 名誉教授
新潟脳外科病院ブレーンリサーチセンター所長
生田 房弘


 日本に「三つ子の魂」という言葉があります。「おふくろの味」は、子供の頃
味わった味は体が覚えていることも表わしている言葉ではないでしょうか。また、
大人になって習った英語と、幼い頃から母国語として身に付いた英語とでは、大
きな差のあることも知られています。このような好みや、慣れ、性分などは一体
どうして、いつ作られてくるものなのでしょうか?
 そんな疑問をもちながら、私もこれまで多くの脳、赤ちゃんや子供の脳も、見
せてもらってきました。本誌の表題は、"B&C"、即ち、"脳と脊髄"ですが、そのう
ちの大脳には、ここだけで140億個もの神経細胞があるといわれています。その神
経細胞(図1) は、皆ボールのような玉の周りに、樹状突起と呼ばれる沢山の突起
が生じ、そこにシナプスという茨の棘のようなものが3〜4萬個もついています。
 これは受話器のようなもので、3〜4萬個の他の神経細胞からの情報を一気に受
け取り、ボール玉から1本だけ出ている軸索という突起で、情報を別の細胞に送っ
ているのです。一体、140億個もの神経細胞各々が3〜4萬個もの受話器で交信し合
う大脳、それはもう無限と言ってよい、コンピュータとは比較もできない想像を
越えた構築物だと思われてきます。


図1


図2

 他方(図2)、この神経細胞と、酸素や栄養を脳に運んでくる血管との間には、
必ずアストロサイトという、女房役のような細胞が介在し、橋渡しをしておりま
す。
そしてこれら無数に近いシナプスの全ては、このアストロサイトの薄い膜状
の突起に包み込まれると初めて機能する仕組みになっているのです。


 ところで、こんな巧妙な脳は、一体どうして作られてくるのでしょう。脳や脊
髄になる部分には、トンネル周囲のレンガのように、細長い母親細胞が規則正し
く管腔を作って並んでいますが、この母親細胞は妊娠49日目頃から、分裂する度
に神経細胞の赤ちゃんを作り始めます。そこで作られた神経細胞達は、母親細胞
が放射状に立てている長い突起にしがみついて、外側に移動し、あるべき処に到
着した後、初めて樹状突起を伸ばし始めるのです。やがて、その樹状突起には、
そうなのです、4萬個ものシナプスが次々に作られてゆくのです。これは丁度赤ん
坊が生まれる頃の出来事です。


図3

 ところで人間の脳の重さを、妊娠中から大人までグラフ(図3)に表してみましょ
う。すると大脳の140億個の神経細胞というのは、僅か妊娠4カ月を過ぎる頃、で
すからこの一番小さく書いてある脳になった頃には、もう大人と同じ数の神経細
胞が完全に作られているのです。それなのに、脳の重さはその後もどんどん重く
なり、出生後も、更に大きくなり、そして、満2才、即ち数えで3つの頃には、大
人の脳とほぼ同じになるのです。
 神経細胞が大人の脳と同じ140億個出来た後にも、脳がこんなに大きく重くなる
のは、何が一体大きくなるからだと思われますか?
 実は、母親細胞は、決まった数の神経細胞を、作り上げる妊娠4カ月を一寸過ぎ
た頃から、今度は神経細胞でなく、アストロサイトなどのグリア細胞を作ってゆ
くのです。その後、このアストロサイトは生育し、赤ん坊が生まれる頃になると、
順次作られた気が遠くなる程多数のシナプスを次々に包み始め、満2才の頃までに
そのシナプスの全てを包み上げてしまうのです。
 そうなのです、脳の重さが増したのは、まず樹状突起が初めのボール玉の何倍
も大きく突出してゆく為であり、更に、そこに作られた無数のシナプスの為であ
り、続いてその全てを覆うアストロサイトの膜の重さの故なのです。即ち、無限
に近い数の脳内のシナプスがこの僅かな間に、物凄いスピードで、その配線を完
成してしまうのです。
  ですから、赤ん坊が生まれてから3つになる頃、そして子供時代に、その赤ちゃ
んの目に、耳に、或いは皮膚に、与えられるあらゆる刺激は、脳のシナプスにとっ
て全て初めての刺激となり、シナプスを条件付けてゆくことが、十分考えられる
のです。事実、私たちの脳の機能、例えば、耳は、満2才頃迄に音を与えないと、
音を聞く機能が発達できないことが知られています。また、赤ちゃんの目を一定
の日時覆って、光を与えないと、生涯、ものが見えなくなってしまう事も、よく
知られている事実なのです。即ち、あらゆる脳の機能は脳の配線丈で機能が育っ
てゆくのではなく、そこに外から各々適切な刺激が与えられて、初めて機能を発
達させてゆくのです。
 ですから、赤ん坊や子供がものを見、聞き、或いは抱かれた時の皮膚の圧迫、
それら全ては脳内の様々な機能の為のシナプスに、丁度、白地に文字を書き込ん
でゆくように、各々を動機づけ、条件づけてゆくと思われます。赤ちゃんや子供
の頃に、適切な刺激;自然の風景、風や梢の音、土の感触などを見せ、聞かせ、
経験させてあげることが、如何に大切なことか、やがて、それらはその子の性格
「三つ子の魂」さえも形作ってゆくことが、十分に理解できるように、私には思
われるのです。
 幼児、児童の"教育"などと言挙げするのではなく、愛をこめて、静かな刺激や、
自然な"環境"を与えることの重要さを私は強調したいのです。

 

 

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